岩崎ミュージアム第443回企画展 五島三子男展

(水)~(日)

岩崎博物館(ゲーテ座記念)

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≪醸成される時の意味≫ 五島三子男展(岩崎ミュージアム)に寄せて

かしまかずお

 自然を対象に造形する現代作家の中でも、五島三子男は異質である。2012年頃から五島のコラグラフによる版画作品を見てきた。五島の感性は、自然の為す技に委ねながら自然と共振し同調する。そこにあるのは作家とともに過行く時間の流れ。そして自然への畏怖である。彼方からの声を静かに待ち、時の経過が作家に付与する形を優しく拾い上げる。たとえば、五島が海潮に委ねる金属板の腐食がそうだ。

さて、2019年10月に、「ART SPACE SOW 草(川崎市鹿島田)」で開催した個展のことである。五島からの提案に、「いつまでも仕事場の片すみにいた作品群が今回の主役です」と添え書きしてあるのを、いぶかりながら「昔の作品なのかな」とふと思った。それが違っていた。新作(2019年)だけだった。
 確かに展示作品中にはこの作家には珍しく、エッチング・コラグラフによる心象絵画、『海にノスタルジア』と題した作品があった。その完成度の高さ、特に水平線が大洋の向こうに伸びるかの白くおぼろげな手の形象、そしてその手の腕の部分に見える微小の人影が、鑑賞者を誘い誘い迎え入れるような視線の凝集の中に、主題性が十分に表現されているのを観て、五島の精神世界に改めて触れた気がして感動した。そこに、自然とのコレスポンデンス(照応)があったのである。
 本稿は、冒頭に述べた個展案内添え書きの、「今回の主役」について更に敷衍する。その意味では、作品評論の趣旨から些か逸れるかも知れないが、五島の制作姿勢を知る上で貴重な機会になる筈だ。
 作家は、2007年から、「植物の実像を掘り起こす仕事をしている。」と言い、「失敗というものがないが、しっくり来ないものが沢山生まれる」ことで放置される作品が増えていくけれど、時の経過とともに「突然に一つの画面にまとまる」ことがあるという。成程、作品制作年がほぼ「2019年」と表記されているし、私には初見の新作ばかりだった。それは丁度、長い時間をかけて彫られた仏像にようやく魂が入る日を迎えるにも似て、プレス機にかける緊張と欣喜を伴う、その作品が完成したことを意味しようか。或いはまた、禅語で言う「の機(啐啄同時)」といった方が、より真実ではないか。これは、雛が卵から孵化する場合、雛が内側から殻をつついて出ようとする正にそのときに、母鳥が外から殻をつついて呼応し誕生を迎える、という意だ。作家がその絵筆を「どこで止めるか」とは異なる、熟成がある。
 五島三子男の作品は、10年以上の時間をかけてようやく誕生したものがあるのだ。放置されていても、作家の視線が「あそこに」「ここにも」と反復的にいつも向けられ、未完の作品は命を失わず、時間の流れの中に熟成の時を待っている。誕生を待たれて、なんと幸せな作品たちであろうか。
 それを目にする鑑賞者にも至福は共有されるものだが、五島自身が一番幸せなのかもしれない。作品の成長に要する長い、アトリエの中でたゆたうような時間を共に過ごした作家であれば、作品への想い、慈しみに似た感情も特別なものではないかと考える。しかし、完成とともに作品は過去のものとなる。五島の魂は作品中に残っていても、既にそこには五島はいない。新たな創造が始まるのである。

 五島三子男。そのように時間をかけ心血を注いで出来上がった数々の作品を魅せてくれて、ありがとう。私は、常に直截的な作品評論を行うことを信条に文章を書いている。だからこの度の文章は、私には異例だけれど、執筆の機会を与えてくれた作品たちに心から感謝したい。

 人は自然界の一部であることを忘れがちだ。醸成の時間が不可欠なのは酒だけではない。混迷を深める不透明な現代である。自然を畏怖し尊崇する五島が、その時を待つ「啐啄の機」に恵まれた作品が鑑賞者にもたらす至福の時間は、貴重である。今後の五島三子男の創造に大いに期待したい。

2020年3月31日(改稿) 美術評論家(元新宿文化センター館長)
時間
10:00~17:00(最終入館は16:00)
料金
大人300円
小人(小中学生)100円
お問い合わせ
岩崎ミュージアム 045-623-2111

情報更新日:2020/6/24

会場情報

岩崎博物館(ゲーテ座記念)

詳細
所在地
横浜市中区山手町254
最寄駅
元町・中華街(みなとみらい線)
石川町(JR 京浜東北・根岸線)
休館日
毎週月曜日(月曜日が祝祭日の場合は翌日)・年末年始

地図

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