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お仕事インタビュー

vol.5 ホールオルガニスト 三浦はつみ さん

1998年の開館以来、横浜みなとみらいホールのホールオルガニストを務めてきた三浦はつみさん。2020年12月をもって退任されます。この23年間にわたる歳月を振り返りつつ、ホールオルガニストの役割について語っていただきました。

演奏だけではないホールオルガニストのお仕事
ひとつは“楽器のメンテナンス”

日本でパイプオルガンを備えるコンサートホールは多くありますが、すべてのホールに専任のホールオルガニストがいるわけではありません。

「アドバイザーというポジションの方がいらっしゃるところもありますが、ホールオルガニストほど、日常的に密接にパイプオルガンに関わってはおられないようです。専任のホールオルガニストがおらず、ときどきオルガニストが招かれるだけという場合には、そのオルガニストが不具合に気づくしかないのですが、日頃からその楽器を見ているわけではありませんので、なかなか大変だと思います」

「ルーシー」という愛称で親しまれる、横浜みなとみらいホールのパイプオルガンは手鍵盤が3段と足鍵盤が1段、ストップ(音栓)が62個、パイプの数は4623本と国内でも有数の規模を誇ります。これだけのパイプオルガンとなると構造も複雑で、特に最初の頃は、調子が悪くなることもあったそうです。

「パイプオルガンは、大小さまざまなパイプに空気を送り込むことで音が鳴り、ストップの選択・組み合わせによって非常に多彩な音色を生み出すことができます。ルーシーは62のストップを具えていますが、その組み合わせ方を内部のコンピューターに記憶させておくんですね。ところが、その記憶装置の不具合が、初期にはしばしばおきまして、そのたびに技術者に対応してもらいました。でも、次第に安定してほとんど問題はなくなりましたけれど」

写真左:3段の手鍵盤。ストップ(選んだものを引き出す)の組み合わせ(レジストレーション)を記憶させます
写真右:足鍵盤。オルガン靴はかかとのある、演奏しやすいものを選んでいます

ホールオルガニストには、演奏者としてだけではなく、楽器のメンテナンスをするという大切な役割もあるといいます。

「パイプオルガンは多数のパイプや部品で成り立つ繊細な楽器ですから、日頃からメンテナンスが欠かせません。基本的には、楽器を安定した状態に保つため、月の半分程度、お客様のいらっしゃらない時間に弾き込みをします。その時間帯の確保がなかなか難しく、ホールスタッフとスケジュールをよく調べて空き時間を見つけます。このメンテナンスは、ただ片端から音を出していくのではなく、音楽としてさまざまな曲を演奏していく中で、不具合を発見する作業です。一人では弾ききれませんから、インターンやインターン修了生の手も借りています」

“パイプオルガンの普及や後進の育成”も、大切な役割のひとつ

「ホールのスタッフたちと一緒につくりあげた事業には、思い出深いことがさまざまあります。こどものためのワークショップを開いたことや、インターンシップ・プログラムを始めたことなどですね」

この23年間で特に印象に残ったことをうかがうと、意外にもご自身が出演したコンサートや演奏ではないとのこと。ホールオルガニストには、パイプオルガンの普及や後進の育成に力を注ぐという役割もあるそうです。

「パイプオルガンに関わる事業を企画し、それを多くの人に知ってもらえるように広報をします。横浜みなとみらいホールでは、開館当時の館長の発案で、ランチタイムにパイプオルガンの1ドルコンサートを始めました。1ドル、または100円の入場料で公演時間は40分。近隣に在勤・在住される方たちにもお昼休みにパイプオルガンを楽しんでいただくという趣旨です」

国内外のオルガニストが出演するこのコンサートは、現在は年に8回ですが、当初は毎月開催されていました。1か月に1度のペースはかなりの頻度。今は年8回とはいえ、プログラムを考えるだけでも大変な作業なのではないでしょうか。

「パイプオルガンのレパートリーはとても広く、オリジナルも編曲ものもありますし、国も時代も幅があり、ジャンルもクラシックからポピュラーまでにわたります。それを組み合わせてプログラムをつくります。演奏は一人では無理というのもありますし、多様な音色も味わってもらいたいので、さまざまなオルガニストにご出演いただいています。奏者によって選ぶ音色(ストップの選択・組み合わせ)がまったく違うんですよ」

*「オルガン・1ドルコンサート」では、管楽器や声楽など、他の演奏家との共演も行われている。
写真は2004年12月公演、トランペットの高橋敦さんとの共演の様子/(C)藤本史昭

横浜みなとみらいホールでは、若いオルガニストを対象にした「ホールオルガニスト・インターンシップ・プログラム」を2002年より実施しています。これを発案したのも三浦さんです。

「ホールオルガニストという仕事は、大学のオルガン科を出ただけでは務まらない場面が多いのです。大学ではたしかにオルガンの演奏技術は指導しますが、現場の仕事については何も教えてくれません。約1年間のインターンシップ・プログラムでは、コンサートの企画、実際のコンサートでの立ち居振る舞い、衣装選び、パイプオルガンの日頃のメンテナンス、不具合に気づいたらどうするのか……といったさまざまなことを学んでもらっています。インターンは年に1人か2人で、これまでに23名が修了しました。なかには横浜みなとみらいホールでパイプオルガンを聴いて感動したのをきっかけに、ホールオルガニストを志した、というインターン生も現れるようになりました」

*インターン修了生と一緒に、フィスク社のパイプオルガン工房を見学をしたときの様子

退任を前に想う、ホールオルガニストとしての喜び

横浜みなとみらいホールにパイプオルガンが組み込まれるときから見守ってきた三浦さん。「ルーシー」という愛称を命名したのも三浦さんでした。

「ここのパイプオルガンは、アメリカのボストン郊外にあるオルガン製造会社フィスク社のものですが、その設置作業中から立ち会ってきました。そのときに担当技師たちがオルガンを作品番号で呼ぶのを、なんだかかわいそうだなと思ったんです。でも彼らが『she』という女性代名詞で呼んでいるのも聞いて、それなら女の子らしい名前を付けてあげたらいいのではと思い、ラテン語の“光”を語源とする『Lucy/ルーシー』 いう名前を提案したら、スタッフも賛同してくれて。以来ルーシーとずっと一緒に歩んできました」

ホールオルガニストのお仕事は多岐にわたり、とても奥深いのですね。その役目を終えようとしている今、改めてこのお仕事の魅力を笑顔で語ってくださいました。

「ホールオルガニストは来館されたお客様たちに、パイプオルガンの魅力を伝える仕事です。演奏を聴いて楽しんで、パイプオルガンを好きになってくださるお客様が増えることが何よりの喜びなのです。客席に背を向けて弾いてはいても不思議と会場の雰囲気はわかるもので、例えば、今日のお客様は聴きなれていらっしゃるとか、はじめての方が多いとか、背中越しに伝わってきます。幸いなことにルーシーのファンはとても多く、ホールオルガニストとしてこれほど嬉しいことはありません」

*2020年11月18日に開催された「三浦はつみ オルガン・リサイタル」。アンコールの演奏前にスピーチし「私は世界で一番幸せなオルガニストです」と関わる全ての方々へ感謝の想いを伝えた/(C)平舘 平

●My Favorite
ルーシーと同じ形のストップで作ってもらった、名前入りのキーホルダー(写真左)。世界で一つだけのオリジナルです。

●Event
GRAND ORGAN GALA
日時:2020年11月26日(木)
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
イベントページはこちら https://artnavi.yokohama/event/10196/

クリスマス パイプオルガン コンサート
日時:2020年12月22日(火)
会場:横浜みなとみらいホール 大ホール
イベントページはこちら https://artnavi.yokohama/event/11919/

Profile

三浦はつみ Hatsumi Miura

横浜みなとみらいホール ホールオルガニスト

東京藝術大学音楽学部器楽科オルガン専攻卒業。1996年ボストン・ニューイングランド音楽院でアーティスト・ディプロマ取得。国内外でソロやオーケストラとの共演を数多く行い、2003年にはCD『トッカータ!』をリリース。現在、フェリス女学院大学非常勤講師。横浜みなとみらいホールでは、1998年開館以来ホールオルガニストを務め、オルガン・1ドルコンサート、こどものためのワークショップなどの企画、ホールオルガニスト・インターンシップなど育成プログラムにも力を入れている。平成19年度横浜文化賞 文化・芸術奨励賞を受賞。

インタビュー・文:萩谷由喜子
写真:大野隆介(*印の写真以外)
取材協力:横浜みなとみらいホール

<よむナビ お仕事インタビューについて>
芸術文化に関わる横浜ゆかりの方々から、その仕事内容や仕事への想いを訊くインタビューシリーズです。
芸術文化と一括りに言っても、演奏家やアーティストはもちろん、マネジメントや制作・舞台スタッフなど、さまざまな職種の人たちが関わりあっています。なかには知られざるお仕事も!?
このシリーズでは、そんなアートの現場の最前線で働く人たちのお仕事を通して、芸術文化の魅力をお伝えしていきます。

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