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お仕事インタビュー

vol.6 雅楽・笙 演奏家 真鍋 尚之 さん

雅楽の演奏家として普及に尽力するほか、笙(しょう)の独奏者としてもその可能性を追求し、多くの人にその魅力を伝えようと精力的に活動する真鍋尚之(まなべなおゆき)さん。一方で、笙のための作品や、管弦楽作品、歌曲や演劇のための音楽などを幅広く手がける作曲家でもあります。

伝統を守りつつ、新たな風を吹き込む真鍋さんに、笙や雅楽への想いをうかがいました。

*笙のリサイタルでは、現代音楽の作曲家への委嘱作や自らの作品を積極的に取り上げ、「独奏楽器としての笙」の可能性を追求しています

世界最古のオーケストラ!? 1300年の歴史ある雅楽

「雅楽というと、非常にゆったりとした響きを連想される方が多いかもしれません。実際には多彩なレパートリーがあり、迫力のある曲や、歌や舞を伴うものもあります。演奏会では雅楽のさまざまな魅力を知っていただくために、曲目を工夫しています」

優しく落ち着いた声でそう語るのは、雅楽演奏家・作曲家の真鍋尚之さん。2021年1月16日にテアトルフォンテ(横浜市泉区民文化センター)で開催される雅楽公演では、「越殿楽(えてんらく)」のような雅楽の代名詞ともいえる曲のほか、力強い「陵王(りょうおう)」や神楽歌の「千歳(せんざい)」など、バラエティに富んだ曲目が取り上げられます。

「雅楽の歴史は平安時代にまで遡り、世界最古のオーケストラと言われています。もともとは大陸から渡ってきた管絃や舞楽が、日本独自のものへと整えられて、平安貴族たちの楽しみのためや、宮中での祭事に演奏されてきました。もちろん現代にもその伝統は息づいていて、宮内庁式部職楽部では一般の人々の目には触れられることのない神事での演奏を行なっていますし、神社や寺院でも雅楽が演奏されています。

伝統的なスタイルでは、3つの管楽器[笙、篳篥(ひちりき)、笛]、2つの絃楽器[楽琵琶、楽箏]、3つの打楽器[鞨鼓(かっこ)、太鼓、鉦鼓(しょうこ)]で合奏します。ひとつひとつの楽器がどんな音を発しているのか、その響きにも親しんでもらいたいので、コンサートではあえて楽器ごとに演奏したり、アンサンブルの仕方にも少し工夫を施しています」

*今年3月、真鍋さんがプロデュースしたアメリカ・スタンフォード大学での雅楽公演。管楽器各3人、絃楽器各2人、打楽器各1人の計16人で演奏するのが通例となっていますが、管や絃の人数は増減することもあります

いくつもの音を重ねて生まれる、豊かで美しい響き

真鍋さんが合奏の中で演奏しているのは笙という管楽器です。17本の竹管に金属製のリードがついた円筒状の楽器で、神秘的で美しい重音を響かせます。ハーモニカと同じように吹いても吸っても音が出るため、音を途切らせることなく演奏することが可能です。

それぞれの管の先に空けられた小さな指穴を押さえながら、吹口より息を吸ったり吹いたりして、音を出します

「笙はあまり目立つ存在ではありませんが、もっともシンプルな動きで合奏全体を支えています。『手移り』といって、次の音の行き先を合奏全体に伝え、合図を送るような役割を行っているのです。息遣いや、指を移すタイミングによって、一緒に演奏している人たちにテンポ感を伝えます。

笙はいくつもの音を重ねて響かせるので、西洋音楽の言い方になぞらえて『コードやハーモニーを担当している』というように捉えられがちですが、基音となる一番下の音に、倍音をたくさん重ねて豊かな響きを出している、といった感覚に近いですね」

笙には「合竹(あいたけ)」と呼ばれる音の組み合わせがあり、全部で10種類あるそうです。

「ギターのコードネームのように、合竹にはそれぞれ名前があって、たとえば『一』という合竹は、シ・レ・ミ・ラ・シ・ファ♯という6つの音で構成されています。でも笙の奏者は、手の形や、指の動きで覚えているので、あまり個々の構成音は意識せずに吹いているのが普通ですね」

写真左・中:計17本の竹管のうち15本には下端の根継(ねつぎ)部分に金属製の簧(した=リード)がついており、リードには孔雀石(マラカイト)の粉末を水に溶いたものが塗ってあります
写真右:演奏前には、リードが結露しないよう、楽器を回しながら電熱器(本来は火鉢がベスト)で温めます

クラシック音楽の作曲家を目指していたのに、雅楽の世界へ

作曲家でもある真鍋さんは、笙の可能性を追求したリサイタル・シリーズを2000年よりスタート。2011年からは文化庁文化交流使としてドイツを中心とする12か国の作曲家たちと、新作の共同作業も行いました。2018年にリリースしたアルバム『笙韻若水~真鍋尚之 作曲と笙の世界~』は現代音楽評論家たちからも高く評価されています。そんな真鍋さんは、いつ、どのようなきっかけで笙を演奏するようになったのでしょうか。

*2016年、ロシアでの公演

「中学生の時にクラシック音楽が好きになり、自分でも作曲をやりたいと思った一方で、自分は日本人だということを意識したんです。当時から日本建築なども大好きで、日本人として作曲するなら、やはり日本の音楽をやろう、と。

高校は神奈川県立弥栄東高校音楽コースに進み、楽典や和声などを勉強して作品も書き始めていましたが、国立劇場での声明(しょうみょう)公演に出かけたりするうちに、古典への興味が湧いていきました。

大学は洗足学園大学で作曲を専攻しましたが、ずっと図書館で声明ばかりを聴いていましたね(笑)。作品を書くなら、演奏もしっかりできるようになりたいと考え、雅楽器を何か勉強できたらいいなと思っていたところ、秋吉台の現代音楽祭で、宮田まゆみさんに笙を教えていただけると聞きました。そこで初めて笙を買い、宮田さんにお会いしました。習えるといっても、30分程度お話をさせてもらえるというものでしたが、雅楽の会などを紹介していただくことができました。

それが大学4年。大学院でも引き続き作曲の勉強を続けようと考えていたところ、東京藝術大学の邦楽科に雅楽専攻ができる、というではないですか。どんなことを勉強できるかもわからなかったけれど、受験してみたら合格できたので、雅楽専攻第一期生として入学することができました」

クラシックから雅楽の世界へ、ここまではまり込んだ魅力はなんでしょう。

「改めて問われると、なかなか難しいですね。クラシック音楽が好きで、数々の名演奏を聴いたり、演奏したり、理論を学んでいく中で……私が求めていた音楽性のすべてが、実は雅楽の中に内包されていると気付きました。例えば呼吸にしても、とても私にしっくりきます」

子どもにこそ本物を。雅楽の魅力を広く伝えたい

近年では、横浜市内の小学校を訪れ、雅楽の魅力を伝えるアウトリーチ活動も行なっているという真鍋さん。子どもたちの反応は?

「何の説明もなく『越殿楽』を聴かせても、『フワ〜ッとした音楽だな』で終わってしまいます。なので、子どもたちにも「ぼ~ぉい~ち、お~つおつ(凢一乙乙)……」と雅楽の歌を歌ってもらったり、一緒に鞨鼓や太鼓のリズムを手で打ってもらうんです。簡単ですよ。今一緒にやってみましょう、両手、右手、右手、左手、両方……、そうです。そうやってから、もう一度『越殿楽』を聴かせる。すると、さっきまでフワ~ッとしか聞こえていなかったリズムが捉えられるようになり、いろいろなメロディも聞こえてくるようになるんです。途中でリズムが変わるからね、なんて伝えておくと、劇的な変化を捕らえられた子たちから、わーっと歓声が上がったりするんです。小学生は先入観がないですから、早いですね。『陵王』なんて、もう、ノリノリで聴いてくれます。

*2020年に行われた区内の小学校でのワークショップ。手を動かして鞨鼓や太鼓のリズムを感じます

僕の信念として、良いものを、本物を、そのまま聴かせたい、というのがあります。小学生だからアニメの曲を聴かせないとわからないだろう、みたいな風潮がありますが、僕自身が本物にまっすぐ入っていった経験から、先入観のない子どもたちなら、良いものをそのまま受け取れると思うのです」

笙の可能性を求めて

奏者として、作曲家として、笙の可能性を広げようと願う真鍋さんの活動は、多岐にわたっています。2021年1月23日の杉田劇場(横浜市磯子区民文化センター)での公演では、笙のための作品を公募し、新作の初演を行います。

「笙の作品を書いてみたい現代の作曲家たちに、またこれから笙を演奏してみたいという人たちのために、笙の奏法がわかるテキストを作りました。英語版、ドイツ語版もあります。この本を書く以前は、雰囲気だけの曲や、実際には演奏不可能な楽譜を書く作曲家が多かったけれど、最近はよくわかって作曲してもらえるようになり、多様な作品が生まれてきました。これからも、笙の魅力をしっかりと伝えていきたいです」

真鍋さんによる『笙 初心者の為の教則本』。ご自身の「こんなテキストがほしかった」という思いがぎっしり詰め込まれた、笙としては初の本格的、画期的な教則本です。上・中・下巻にわかれ、図解や楽譜も豊富に掲載されています

取材は、真鍋さんの地元、泉区のテアトルフォンテ(横浜市泉区民文化センター)で実施しました

●My Favorite
旧東ドイツの信号のマークをデザインした、アンペルマンのグッズ。カバンやワッペンがお気に入り。

●Event
雅楽~新春の調べ~
日時:2021年1月16日(土)
会場:横浜市泉区民文化センター テアトルフォンテ
イベントページはこちら https://artnavi.yokohama/event/10511/

雅楽×現代-真鍋尚之 笙リサイタル-
日時:2021年1月23日(土)
会場:横浜市磯子区民文化センター 杉田劇場
イベントページはこちら https://artnavi.yokohama/event/11996/

Profile

真鍋尚之 Naoyuki Manabe

作曲家/演奏家

横浜市戸塚区生まれ。泉区で育ち、現在は磯子区に在住。神奈川県立弥栄東高校音楽コース卒業後、洗足学園大学にて作曲・声楽を、東京芸術大学邦楽科で雅楽を専攻。2011年5月から1年間、文化庁文化交流使としてドイツを中心に12ヵ国30以上の都市で、笙の新しい可能性を追求した作品を作るための共同作業を行う。2000年より「真鍋尚之笙リサイタル」シリーズを開始。定期的にソロ、アンサンブル公演を開催する一方、雅楽の演奏家としても小野雅楽会および十二音会において笙・楽箏・楽琵琶・右舞の演奏し雅楽普及のために尽力している。1998年に第1回国立劇場作曲コンクールにて笙独奏曲『呼吸II』を自作自演し優秀賞(第1位)、2004年に現代邦楽研究所10周年記念事業「東京・邦楽コンクール」第1位など演奏、作曲ともに高く評価されている。

インタビュー・文:飯田有抄
写真:大野隆介(*印の写真以外)
取材協力:横浜市泉区民文化センター テアトルフォンテ

<よむナビ お仕事インタビューについて>
芸術文化に関わる横浜ゆかりの方々から、その仕事内容や仕事への想いを訊くインタビューシリーズです。
芸術文化と一括りに言っても、演奏家やアーティストはもちろん、マネジメントや制作・舞台スタッフなど、さまざまな職種の人たちが関わりあっています。なかには知られざるお仕事も!?
このシリーズでは、そんなアートの現場の最前線で働く人たちのお仕事を通して、芸術文化の魅力をお伝えしていきます。

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