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お仕事インタビュー
横浜港にほど近く、イチョウ並木と歴史的建造物が西洋文化の玄関口・横浜を象徴するような日本大通り。この通りに面して1911(明治44)年に建てられたNK日本大通ビル(旧三井物産横浜ビル)は、日本で最初の全鉄筋コンクリート造りのオフィスビルです。このレトロモダンな建物の一角で「ギャルリー・パリ」を営むギャラリスト・森田彩子(もりたさいこ)さんにお話をうかがいました。
アーティストの長いマラソンに並走するのがギャラリストの仕事
ギャラリーとは、もとは西洋の建築用語で「廊下を兼ねた長い部屋」を指し、かつての貴族が美術品を飾ったことに由来して、美術作品を展示する空間や施設を広く「ギャラリー」と呼ぶようになりました。現代では美術館と区別し、作品を売買する小規模な店舗を意味します。
ギャラリーを経営するギャラリストは、自身が薦めたいアーティストと展覧会を企画し、作品を展示・販売します。ただ作品を販売するだけでなく、広報やマネジメントなどアーティストをサポートする役割も担っています。近代以前の物故アーティストを中心とするギャラリーもありますが、ギャルリー・パリでは主に現代アーティストの新作を取り扱っています。
「ギャラリストによって考え方に違いはあるのですが、私の場合は、アーティストがキャリアを積み重ねていく長いマラソンに並走していくことが、ギャラリストの仕事だと思っています。ギャルリー・パリでは現在41アーティストの作品を取り扱っていますが、制作方法やキャリアなどの違いから、展覧会の目的もそれぞれに違ってきます。若手アーティストや学生の場合は方向性をどうつかんでいくか一緒に考えていきますし、中堅以降のアーティストは展覧会の構成やプレゼンテーションをアーティスト自身で考えますので、現在はどんな制作を行っているか、どんな展覧会にしたいのかといったことをお聞きしながら準備を進めていきます。展覧会は一人、約2、3年に一度のサイクルで開催されるため、この作業を複数のアーティストと並行して行うことになります」
ギャルリー・パリは、森田さんの母・坪山紗織さんが1980年に設立し、2000年にこの建物に移転しました。100年を超える歴史を刻んできた日本でも稀有な建築で、開放的で自然光が入るギャラリー空間は柔らかな雰囲気を醸し出しています。
「アーティストや作品は、私が選ぶというよりも、この空間が選んでいるといえますね。この空間を使いこなせるかどうかが大きな目安となります」
同じ方向を向いて歩いていけるアーティストとの出会い
「表現したいもののために自分で技術を編み出すようなオリジナリティ、他に類のないユニークさに心を掴まれます。そうしたアーティストの思いが伝わる、あたたかみや柔らかさのある作品に惹かれます」
例えば、今年2月に個展が開催された丸山純子さんは、スケールの大きいインスタレーションをつくるアーティスト。
「空間の読み込みが抜群にうまく、作品を通して見える、生きることに対する姿勢に共感します」
また、筑波大学大学院の学生だった頃からサポートしてきた柵瀨(さくらい) 茉莉子さんは、昨年の11月~12月に、横浜美術館アートギャラリー1と横浜美術館内のCafé小倉山で個展も開催され、令和2年度の神奈川文化賞未来賞も受賞しました。
「同じ方向を向いて一緒に歩いていけるアーティストに出会うのは奇跡に近いくらい、限られたことだと思います。その代わり、長いお付き合いになることが多いです」と森田さんは話します。
そのひとりであるフランシス真悟さんは、横浜から世界に活動の場を広げ、現在はロサンゼルスを拠点に絵画を描いています。展覧会だけでなく、2年がかりで画集を完成させました。
「ギャラリーにとっても初の出版物でしたが、編集者やデザイナーと一つのチームのように力を合わせて出版に漕ぎ着けました」
ひときわ思い出深いのは、2000年初頭から数回の個展を開催した朝倉摂さん。真剣勝負で同じ方向を見て走っていた、親よりも年が離れた人生の大先輩でした。2014年に他界された時には、朝倉さんの痕跡をたどるために回顧展を企画し、反響を呼びました。
「アーティスト本人の手で封印されたような作品を見つけたときには、迷った末に展示しました。“余計なことしたね”という摂さんの声が聞こえてきそうですが、その後に美術館で修復され、美術史の中で見直されているのでよかったのではないかと思っています」
どこまでアーティストに寄り添えるか。ギャラリストに限らず、アートの仕事に携わる人に必要な資質だと森田さんは語ります。
「アーティストに惚れ込んでこのアーティストの良いところをどのように引っ張り出そうかと、そう思えるパッションが大切です」
コロナ禍で気づいた、この街にギャラリーがある幸せ
2020年のコロナ禍でも、感染症防止対策をしてほとんど休廊せずにギャラリーを開いてきました。そこで、この街の良さにあらためて気づいたといいます。
「この街に住む人たちがふらっと寄ってくださることが本当にありがたくて。『美術館が休館中に息が詰まりそうだったけれど、ここに来てホッとした』とよく言われました。それはやはり建物とアートの力なのだと思います」
昨年の春には、フリーキュレーターの室井絵里さんの企画で「三密回避」展を開催しました。アートフェアや展覧会の中止で行き場がなくなった作品を集め、日本大通りから窓越しに見られるように展示。オンラインでも配信し、反響を得ました。美術は不要不急ではないのか…。アーティストのモチベーションが下がった時期に、アートの必要性について確証を得る機会にもなったのです。
「昨年秋には、横浜育ちでバンクーバー(カナダ)でも活動している藤井健司さんの個展を行いました。藤井さんは画廊の経営も考慮して、お客様が手に入れやすい価格の、小さい絵画も持ってきてくれたのですが、実際に展示してみると大作だけの展示のほうが断然良かったので、小さい作品は机の上に置いたんです。そうしたら、お客様方は100点余りの小さい作品もすべて観たいとおっしゃり、藤井さんが一枚ずつめくって観せるというプライベートなパフォーマンスのような時間が派生しました。その結果、作品を身近に感じていただけて思いがけないマーケットに繋がったのです」
ギャラリーに訪れる人の3分の1くらいは、お母様の代からのお付き合いになる、という森田さん。窓から顔を出すと、顔見知りのお客さんから声をかけられたり、手を振ってもらったりすることもあるといいます。
「ギャルリー・パリを母がオープンした当時は、パリ在住のアーティストを多く紹介していたんです。大学で美術史を専攻し、子育てが一段落した30代初めにギャラリーを手伝い始め、7年前に母が亡くなった後に引き継ぎました。創業者は真っ白いキャンバスに絵を描き出すようなものすごいエネルギーが要ると思いますが、2代目は色を塗っていく、つまり時代に合わせながら必要なことをやっていくような役割なんです」
窓に設置された看板が目印のギャルリー・パリ。この看板はグラフィックデザイナーでもあったお母様がデザインしたのだそう。
「イチョウにも新緑にも合う色、目抜き通りにあるので右からも左からもギャラリー名が読めるよう角度がついた看板なんです。母が亡くなった後、2017年に『第1回横浜サイン賞』を受賞したことを機に、街の景観とマッチし、街に向かって開くことを考えていたんだと、はたと気づきました。一緒に仕事をしているときには喧嘩もしたし反発もしましたが、言葉に出さなかった母の教えが今は身に沁みます」
同じ時間に集合することなく、都合の良い時間に訪れて共有できるのが、アートの良さでもあります。
「このような状況下では、人が集まることはままなりませんが、この空間に作品を集めることはできます。アートを通じて生活に潤いをもっていただけると嬉しいです」
●My Favorite
料理が好きで、無農薬の食材を使うなどして、栄養のバランスを考えた食事やお弁当も作ります。
●Event
TAZOE/small factory ring “プレスキャット”展
会期:2021年3月19日(金) ~2021年3月30日(火) ※23日(火)、24日(水)休廊
会場:ギャルリー・パリ
イベントページはこちら https://artnavi.yokohama/event/13574/
朝倉摂「時代を駆け抜けた画家のまなざし」
会期:2021年4月5日(月)~2021年4月24日(土) ※11日(日)、12日(月)、19日(月)休廊
会場:ギャルリー・パリ
イベントページはこちら https://artnavi.yokohama/event/12914/
Profile
森田彩子 Saiko Morita
ギャラリスト/ギャルリー・パリ経営
インタビュー・文:白坂由里
写真:大野隆介(*印の写真以外)
<よむナビ お仕事インタビューについて>
芸術文化に関わる横浜ゆかりの方々から、その仕事内容や仕事への想いを訊くインタビューシリーズです。
芸術文化と一括りに言っても、演奏家やアーティストはもちろん、マネジメントや制作・舞台スタッフなど、さまざまな職種の人たちが関わりあっています。なかには知られざるお仕事も!?
このシリーズでは、そんなアートの現場の最前線で働く人たちのお仕事を通して、芸術文化の魅力をお伝えしていきます。