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お仕事インタビュー
5月下旬、落語家の瀧川鯉丸(たきがわこいまる)さんと立川談吉さん、二人の若手による落語会「みどり花形寄席」が横浜市緑区民文化センター みどりアートパークで開催されました。鯉丸さんは軽快に高座に登場し、相撲取りを目指す若者が名横綱に出世するまでを描いた人情噺「阿武松(おうのまつ)」と、少し間抜けだけどどこか憎めない与太郎が主人公の滑稽話「かぼちゃ屋」の二席を演じ、客席を大いに楽しませました。終演後、落語家という職業や落語・寄席の魅力についてなどを、とても本番を終えた後とは思えないほど、サービス精神たっぷりにお話しくださいました。
真打、二ツ目、前座で違う落語家の修業
真打になっても修業は続く
落語家は、真打、二ツ目、前座の三つの階級に分かれていて、現在、二ツ目の瀧川鯉丸さん。落語家になるとどんな修業をするのでしょうか。
「前座の修業はまず寄席の雑用です。お茶を入れたり、師匠方の着物をたたんだり、雑用をしながら舞台の進行、高座のセッティングや幕の開け閉め、出囃子の太鼓をたたいたりもします。これらは何かというと、落語のこと、寄席のこと、仲間うちのルールを覚えることなんです。そして、師匠方に覚えてもらうこと。これがなかなか大変で、落語家の中でも一番厳しい修業といわれています」
前座が終わると二ツ目、真打となります。どんな修業があるのでしょうか。
「二ツ目の期間は10年くらいあります。寄席の雑用からは解放され、羽織を着ることが許され、一人前と認められます。勉強会をやって、ネタを増やしたり、お客さんを呼んだり、落語家として生きてゆく術を身につけます。そして真打になると『師匠』と呼ばれます。自身の落語家としての到達点をめざす、さらなる修業が始まります」
現在二ツ目の鯉丸さんは、寄席やさまざまな落語会で、古典落語を中心に活躍しています。
落語、色物、笑いの花咲く場所
寄席の世界に惹かれ、落語家の道へ
落語家になった理由を鯉丸さんに聞くと、「やっぱり、寄席が好きだから、でしょうね」という答えが返ってきました。中学、高校でラジオが大好きだった鯉丸さんが落語をはじめて聞いたのは高校3年の冬、昭和最後の名人といわれた古今亭志ん朝さんの「芝浜」でした。夫婦愛をテーマにした、面白くてしみじみ感動する名作です。この一席で衝撃を受けた鯉丸さんはラジオで落語番組を探して聞くようになり、受験の最中も落語を聞いていたそうです。
「おかげで(!?)早稲田大学に合格、大学では落語研究会に入りました。早稲田大学の落語研究会は、落語の実演をするよりは、落語家を呼んで座学を行うなど研究色が強かったので、その頃はまだ落語家になろうとは思ってはいませんでした」
鯉丸さんの背中を押したのは、ある日の池袋演芸場だったといいます。
「凄くいい流れの番組だったんです。落語も色物(漫才、手品、曲芸など落語以外の演芸)も面白くて、この世界がたまらなく好き、この流れの中に自分もいたい」と思ったそう。
いま、寄席は人気があります。年配のお客様が多いですが、夜の公演などは若い人も多い。昔は男性客が圧倒的に多かったのですが、敷居の低い伝統芸能、楽しく面白い文化として「落語」が注目され、女性のお客様も増え、いまでは女性客のほうが多いくらいです。現在はコロナ禍で入場制限なども行われていますが、2月から行われている、鯉丸さんの先輩たち、桂宮治さん、三遊亭小笑さん、春風亭昇々さん、春風亭昇吉さん、笑福亭羽光さんの真打披露興行はたいへんな盛り上がりを見せました。
瀧川鯉昇師匠の素敵な教え
落語家は真打の師匠に弟子入りをして前座修業をしなければ、なることは出来ません。鯉丸さんは瀧川鯉昇師匠に入門しました。落語芸術協会の幹部で、独自の世界観をもった落語で客席を沸かせる落語家です。鯉昇師匠の師匠は、新作落語で活躍した、故・春風亭柳昇師匠、弟弟子には、現・落語芸術協会会長で、「笑点」でも活躍の春風亭昇太師匠がいます。
「うちの師匠は、同じ噺をやってもいつも違うんです。絶対にお客様を飽きさせない芸というか、人柄に魅力があります」
そんな鯉昇師匠にすんなりと入門は認められたのだろうか。
「うちは入門に関してはアメリカ式なんです」と鯉丸さん。なんだと思ったら、入門はしやすいが、一人前の落語家になれるかどうかは当人の努力に掛かっている。師匠によっては入門者の素質を計って厳しく見極めてから入門を許す人もいますが、鯉昇師匠は違う考え方で、「努力する機会はとりあえず与えます」ということで、鯉丸さんも入門が許されたそうです。
最初に師匠に教えてもらった落語は「新聞記事」。落語の基本パターン、何かの真似をして失敗するという典型的な話で、間違えずにきっちりやれば爆笑になる落語です。最初の四席は師匠が教えてくれますが、あとは自分の努力で、いろんな師匠や兄弟子に稽古をつけてもらいなさい、そうやって芸の幅を広げなさい、というのが鯉昇師匠の教えだそうです。
ご近所の温かさに支えられて
大事にしたい地域のコミュニティ
鯉丸さんは横浜市の日吉生まれで横須賀育ち、現在は横浜市緑区に在住です。住みやすい街だと鯉丸さんは言います。今日の会場となっているみどりアートパークも、ご近所といっていい場所。ここでの落語会は3回目を数えます。
「みどりアートパークの落語会には近所の方や大家さんも来てくださるんです」
大家さんは「いろんな職業の人がいると街が楽しくなる」という考えの人だそう。JR横浜線 中山駅にある古民家「なごみ邸」も所有していて、ヴァイオリンとピアノによるサロンコンサートなどの音楽イベントや、落語会を開催。このなごみ邸を含むエリア一帯では地域住民による『753プロジェクト』というコミュニティがじわじわと広がっていて、鯉丸さんも積極的に関わっているそうです。
「このコロナ禍で、これまで以上に“生活の身近にある落語”というのを考えるようになりました。こういうプロジェクトを通して、もっと落語に親しんでもらいたいですし、地元に協力したいですね」
ご近所の温かさにも支えられて、活動の場がさらに広がっています。
昨年9月、鯉丸さんは地域の方々との「座談会」を開催。「場所」「コミュニティ作り」などを語り合う様子が、動画で公開されています。後半はこちら➤https://www.youtube.com/watch?v=NTNAhQu3ZVY
落語家としての可能性を模索したい
鯉丸さんの好きな落語は“落語らしいネタ”。与太郎が活躍する「かぼちゃ屋」は大好きなネタのひとつで、よく口演するとか。あわて者が主人公の爆笑ネタ「堀の内」にも挑戦してみたいとも語ってくれました。自分の勉強会では、新作落語を作って口演したそうです。
「二ツ目は自分の可能性を模索する時期でもあります。これはあわないかも、と思うネタが意外に受けたりもしますので、これからも機会があれば、いろんな落語に挑戦したいですね」
今後、寄席やさまざまな落語会での鯉丸さんの活躍にぜひ注目したいですね。
●My Favorite
やはり“横浜”という土地に思い入れがあるという鯉丸さん。「なかでも特に好きな場所は、上大岡の『久良岐公園』です。小さい頃から祖父母とよく遊びに行きました」
Profile
瀧川鯉丸 Koimaru Takigawa
落語家
インタビュー・文:稲田和浩
写真:大野隆介(*印の写真以外)
取材協力:横浜市緑区民文化センター みどりアートパーク