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お仕事インタビュー

vol.13 ピアニスト 阪田 知樹 さん

2021年にデビュー10周年を迎えた、ピアニストの阪田知樹(さかたともき)さん。同年5月には、チャイコフスキー国際コンクール、ショパン国際ピアノコンクールと並ぶ、世界三大音楽コンクールの一つであるエリザベート王妃国際音楽コンクールピアノ部門で第4位に入賞するなど、ますます注目を集めています。横浜で育ち、たびたび神奈川県内のホールの舞台に立つ阪田さんに、ピアニストとして大切にしていることや、音楽への想いをうかがいました。

*2021年5月 エリザベート王妃国際音楽コンクールにて(c)Queen Elisabeth Competition-Derek Prager

作品のまだ見ぬすばらしさを伝える人間という感覚

ピアニストといってもいろいろなジャンルの演奏家がいますが、なかでもクラシックの演奏家が目指すのは、大作曲家の作品に新しい息吹を与え、同時代の聴衆に届けるということ。レパートリーの多くは、数世紀にわたって愛され続ける楽曲で、すでにさまざまな名演があるなか、自分の表現を見つけなければなりません。

そのため演奏家は、技術的な向上のための練習を幼少期から続けているのに加えて、作品や歴史の勉強、作曲家についての研究など、多くのことに取り組んでいます。その意味で阪田さんは、「ピアニストと言われると、そうなのかな?という感覚があるんです」と話します。

インタビューはオンラインで行いました

「もちろんピアノを弾いて生活しているという意味ではピアニストなのですけれど、自分としては、作曲家が残してくれた作品のすばらしさを伝える人間という感覚なのです。自分はこうだと表現することよりも、優れた作品のまだ伝わっていない良さを届けることが一番大事。それでピアニストという言葉にちょっと距離を感じるのだと思います。音楽家というほうがしっくりきますね」

演奏会が行われるまでには、さまざまな過程があります。

「ある曲を弾こうと思ったら、資料の研究をすることがまずは大切。ベースとして使う楽譜はありながら、違う校訂者の他の版も見て比較して、どうするのが音楽的に最も自然か考えていきます。あとは、過去の優れた演奏家の録音を聴きます。そういうところから、文字で残っていない演奏の伝統を知ることができる。私はCDや資料を集めるのが好きなので、一つの楽曲についても聴き比べきれないくらいたくさんの録音を持っています(笑)。演奏会は2時間ほどで終わるものですけれど、それまでに信じがたいほど膨大な資料にあたり、練習をしているんです」

*阪田さんのCDコレクションの一部

歴史上の偉大なピアニストたち――フランツ・リスト(1811-86年)やセルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943年)は、作曲家や指揮者でもあり、広い視野を持って活動していて、「それこそが音楽家の目指す姿だと思う」と阪田さん。実際彼らは、ソロの演奏活動だけでなくアンサンブルにも積極的に取り組み、さらには作曲家として、ピアノソロだけでなくオーケストラ作品や室内楽作品も多く手がけています。

「ピアノは、歌や管楽器と違って息を使って演奏するものではありませんから、一人で長時間弾けるため、30分以上のレパートリーがたくさんあります。中には1時間を超えるような大曲も。

一方で、私たちは常に呼吸をしていますから、歌や管楽器の表現は心にすっと入りやすいけれど、“無呼吸”で弾けるピアノにはそれが難しい。それでもそんな呼吸や息継ぎの感覚を養うためには、ピアノ曲を勉強しているだけでは不十分です。

歌のように音をつなげるレガートは、どうすると実現するのか、弦楽器や管楽器のような異なる音色はどうしたら生み出せるのか。オーケストラの要素も一人で表現しなくてはいけません。さらには大曲が多いゆえに、作品の理解の深さもより一層求められます。そのためには、曲の展開を見通し、構築できる能力が大切です」

*写真左:練習時には、作曲家の自筆譜などの資料と照らし合わせながら行っています(手前が普段使っている楽譜、奥が自筆譜のファクシミリ)*写真右: 研究のために収集した古い楽譜。いずれもかなり年季が入っています

長く音楽家でいるために、大好きな練習も、し続けないように

阪田さんがピアニストという仕事を意識したのは、ピアノを習っていた小学校3、4年生の頃、大ピアニスト、マウリツィオ・ポリーニのリサイタルを聴きにいったときのこと。

「録音でしか聴いたことがなかったポリーニを生で聴いて、こういう仕事があるんだと思いました。オール・ショパン・プログラムで、子どもながらに、この曲は録音のほうがいいな、でもこの曲は今日のほうが絶対すごい!などと思いました。なかでも最初に弾いた『幻想曲』がすばらしく、これだけでも聴きにきた意味があったと思った記憶があります。自分が演奏するときも、聴きに来てくださる方にとって、音楽が心の琴線に触れる奇跡的な瞬間が少しでもあったら、そのコンサートは成功だろうと思っています」と阪田さん。

*写真左:小学生の頃のピアノ発表会。*写真右:高校時代、教室で。休み時間に友人と談笑

家で練習しているのがとにかく好きで、「これを続けるにはピアニストになるのが一番だ」と思うようになり、東京藝術大学附属音楽高校への進学を決めたといいます。

「そこではクラスメイトもみんな音楽をやっていますから、刺激をうけ、どんどんのめり込んで、音楽への想いが一層強くなっていきました。この道に進むことを許してくれた両親にも、学生時代の環境にも、とても感謝しています」

好きなことに打ち込める環境で、音楽漬けの日々を送っていたそうです。その後は東京藝術大学を経て、ドイツへ留学。ハノーファー音楽演劇大学にて学び、現在は同大学院のソリスト課程に在籍中です。

*10年にわたり師事した、世界的ピアニストのパウル・バドゥラ=スコダ氏と

「時間さえ許すなら、可能な限りたくさん練習したい」という阪田さん。

「とはいえ、ピアノを弾くのって“肉体労働”なんですよね。無理に長時間続けると、体を痛めてしまいます。よく演奏家の友人に、“難しい曲ばっかり弾いているけど手を壊したことはないの?”と聞かれるのですが、幸いそういうことが一度もありません。長時間練習するにしても、合間にCDを聴いたり、寝っ転がって本を読んだり、今風にスマホをいじってみたり(笑)と、かなりこまめにピアノから離れるんです。音楽家として長く活動し続けるには、とにかく体調管理が大切ですからね」

横浜で開催される2つの演奏会は、次への大きな一歩

そんな阪田さん、2022年の始まりには横浜で二つの演奏会が予定されています。一つは、現在と過去を担う作曲家を対比させる、神奈川県民ホールの「C×C(シー・バイ・シー)」シリーズ1月公演「川上統×サン=サーンス」。

「サン=サーンスの『動物の謝肉祭』と、作曲家の川上統さんが同曲と同じ編成で書いた組曲『ビオタの箱庭』を演奏します。川上さんの作品は、いわゆる現代音楽によくある肌触りの冷たい部分よりも、クリアなハーモニーやポップさ、茶目っ気をより感じるので、多くの方にとってなじみやすいのではないでしょうか。新作初演の瞬間は、作品の一生に一度のことですから、ぜひ多くの方に体験していただきたいです」

もう一つは、神奈川県立音楽堂で行われる「神奈川フィルハーモニー管弦楽団 音楽堂シリーズ」2月公演。リスト「システィーナ礼拝堂にて」(管弦楽版日本初演)、モーツァルト編曲のJ.S.バッハ「平均律クラヴィーアより5つのフーガ」などを含むユニークなプログラミングは、阪田さんの提案によるもの。そしてメインとなるモーツァルトのピアノ協奏曲第17番は、ピアノと指揮を担当する弾き振りでの演奏です。

「エリザベート王妃国際音楽コンクール(2021年5月に開催された世界有数の歴史あるコンクールで、阪田さんは4位に入賞)でも演奏した思い出の曲でもあります。そしてモーツァルトの弾き振りは、私がこれまでお世話になった先生方、アリエ・ヴァルディ先生や、タマーシュ・ヴァーシャリ先生、そして故・パウル・バドゥラ=スコダ先生などが得意とされていたスタイル。今回のチャレンジは、私にとって大きな一歩になりそうです」

これからの活動について、「楽しみなことがいっぱいあって、ありがたいです!」と、本当に嬉しそうに話してくださいました。

写真左:手が大きく、指も長い阪田さんの手。ラフマニノフも手が大きかったそう。*写真右:比較的書き込みの多い、練習中の楽曲の譜面。普段、楽譜への書き込みは少ないそうですが、何度も弾いた曲は多くなるようです

●My Favorite
みなとみらいの雰囲気が好き。中華料理好きで、中華街にも出かけるとのこと。写真は阪田さんのインスタグラムより。

●Event
C×C(シー・バイ・シー)作曲家が作曲家を訪ねる旅 Vol.2
川上統×サン=サーンス
会期:2022年1月8日(土)15:00
会場:神奈川県民ホール 小ホール
イベントページはこちら https://artnavi.yokohama/event/17937/

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 音楽堂シリーズ第22回
会期:2022年2月26日(土)15:00
会場:神奈川県立音楽堂
イベントページはこちら https://artnavi.yokohama/event/22351/

Profile

阪田知樹 Tomoki Sakata

ピアニスト

ドイツ・ハノーファー、横浜市在住。2021年エリザベート王妃国際音楽コンクール4位。2016年フランツ・リスト国際ピアノコンクールでは第1位、6つの特別賞受賞。ほか国際ピアノコンクールでの受賞歴多数。東京藝術大学を経て、ハノーファー音楽演劇大学にて修士を首席修了、現在同大学院ソリスト課程に在籍。ウィーンの三羽烏パウル・バドゥラ=スコダ氏に10年にわたり師事。国内はもとより世界各地で演奏を重ね、国内外のオーケストラとの共演や国際音楽祭への出演も多い。2015年にCDデビュー、2020年3月に世界初録音を含む意欲的な編曲作品によるアルバムをリリースした。テレビ・ラジオ等メディアでも多く取り上げられる。2017年 第66回「横浜文化賞 文化・芸術奨励賞」受賞

インタビュー・文:高坂はる香
写真:大野隆介(*印の写真以外)
取材協力:ジャパン・アーツ

<よむナビ お仕事インタビューについて>
芸術文化に関わる横浜ゆかりの方々から、その仕事内容や仕事への想いを訊くインタビューシリーズです。
芸術文化と一括りに言っても、演奏家やアーティストはもちろん、マネジメントや制作・舞台スタッフなど、さまざまな職種の人たちが関わりあっています。なかには知られざるお仕事も!?
このシリーズでは、そんなアートの現場の最前線で働く人たちのお仕事を通して、芸術文化の魅力をお伝えしていきます。

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