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お仕事インタビュー

vol.14 楽器リペアマン 飯塚 丈人さん

JR関内駅から西へ10分ほど歩いた所に、野中貿易株式会社の技術部門「ノナカ・テクニカルサービス 横浜」があります。野中貿易は管楽器を主体とした輸入代理店。トランペットやトロンボーンのバック、サクソフォンのセルマー、オーボエのマリゴといった世界のトップ・ブランドをはじめとする75ものメーカーを取り扱っています。

そうした楽器の修理やメンテナンスを行うのが、テクニカルサービスに所属する「リペアマン」です。しかしながらその実態は、筆者を含む管楽器の演奏経験者でさえも未知の領域。そこで、リペアマン歴35年の大ベテラン、飯塚丈人さんに話をうかがいました。

※上記写真の中央が飯塚さん。おもにサクソフォンを担当している服部智明さん(写真左)、木管楽器を担当している佐藤泰之さん(写真右)も一緒に案内してくださいました

意外なことに、一番大事な職務は「検品」

野中貿易は1917年に野中雄三氏が「野中楽器店」として設立し、1953年に「野中貿易株式会社」となりました。現在は3代目の野中英樹氏が社長を務めています。渋谷にショールーム、九州に支店がありますが、会社は100年以上横浜を拠点にしており、「野中楽器店」は横浜市中区・元町が、「野中貿易株式会社」は同じく中区・弁天通りが創業の地です。現在も本社が中区太田町に、このテクニカルサービスが中区山田町にあるほか、新横浜や都筑区にも関連部門が置かれています。

「横浜は素晴らしいところ。歴史も深いし、たくさん見どころがあります。港町というのもいいですね。会社にいても時々汽笛が聞こえますよ」と飯塚さん。すっかり横浜に根付いています。

ノナカのリペアマンが扱うのは“ほぼ全種類の管楽器と打楽器”です。
「基本的に自社が輸入しているメーカーの楽器を受け入れており、依頼主はプロアマ問いませんが、多くはプロや音大生からの依頼です。いまここに所属しているリペアマンは14名で、担当は金管、木管、サクソフォンに分かれていて、それぞれ専門分野を受け持ちます」

飯塚さんは金管楽器の担当。しかしこの道35年ともなれば、仕事内容も若手とはひと味違います。
「私が扱うのはトップ・オーケストラやソリストとして活動している奏者の楽器がほとんど。いろいろな付き合いの中で、自社で取り扱っていない製品も手がけます。これによって競合メーカーのデータ収集ができ、それをフィードバックすることで井の中の蛙にならずにすみます」

管楽器の修理やメンテナンスといっても、作業は、叩く・擦る・削る・曲げる・磨く・溶接する・部品を作る・部品を替えるなど多岐にわたっています。物理的に直せばいいというわけではなく、音響学的な知識も必要です。具体的な不具合以外に、楽器全体をチューンアップ(調整)したい等の要望も含めて「ありとあらゆることに対応する」ので、すべてがケース・バイ・ケース。なかには重すぎて1階にしか置けない機械や高熱を発するバーナーでの作業もあるなど、驚きの連続でした。

◎修理やメンテナンスに使う、おもな道具・機械

バニッシャー、ハンドローラーという道具を使って、管のヘコミを直します

パーツを加工するベンダー加工機。洋白(銅、ニッケル、亜鉛が主な成分となっている合金)を曲げて、写真右のようなパーツを作っているところです

写真左:工房は金管楽器、木管楽器で分かれていますが、大型の道具が置かれた共有スペースもあります。左からボール盤(穴を開ける)、電動ノコギリ、小型の旋盤(旋削加工等をする)、フライス盤(旋削加工等をする)
写真右:大きな旋盤は重すぎて、作業スペースから離れた1階に。金属を円筒形状に削り出す機械です

楽器を磨くバフレース。写真右の研磨材(緑色のほか赤色もある)を付けてピカピカに磨き上げるのだそう。研磨材の粉が散り、20分も作業をすると全身緑色や赤色になってしまうとか

修理等の依頼を受けてから納品までの日数もさまざまとのこと。
「1日で戻す場合も、1年、なかには3年以上かかる場合もありますが、通常は早くて1週間、平均的には2~3週間くらいでお戻しします。ただし弊社が販売した新品に不具合があった際には、1日2日ですぐ直すというのが社の方針。また古い楽器や特殊な状況など手間と時間がかかる場合は、お客様のご要望との兼ね合いをみながら長くお預かりすることもあります」

しかしながらノナカでは、修理などのアフターフォロー以上に重要なことがあるといいます。
「弊社の場合、輸入された新品の楽器の検品が一番大事です。楽器ひとつにも、フランス、アメリカ、ドイツほか多岐にわたる国の文化が関わってくるため、それらを大事にしつつも、傷や凹みがないか、機能は万全かなど細かく検品し、日本の市場に受け入れられやすくなるように調整するのが、当セクションの最大の使命です。これはノナカ独自のこだわりであり、ここまで徹底して検査している会社は他にないと思います」

この点が多数のメーカーやユーザーから長年信頼を得ている大きな要因に違いありません。

輸入した楽器は厳密に保管され、リペアマンによってひとつひとつ検品されます

職人気質を持ちながら、日々反復練習してようやく一人前に

飯塚さんは、どのようにしてこの世界に入ったのでしょうか。
「中学、高校でトロンボーンを吹いていて、プロ奏者への夢もありましたが、さらに勉強するのは経済的に難しかった。でも祖父が鳴子こけしの職人ということもあって、手先の器用さは自覚していました。そこで19歳の時にこの世界へ。最初は修理の専門学校に入ったのですが、すぐに知人のツテを頼って、同業のネロ楽器に入社しました。そこで10年間お世話になった後ノナカに移り、もう25年になろうとしています」

立場はサラリーマンですが仕事自体は技術職、いわば職人の世界です。
「私がこの仕事を始めた当時は技術者の存在は少なくて、プロ奏者の楽器であっても、早くから担当せざるを得なかった。ですから鍛えられましたよ。今は専門学校で2年間勉強してから入るのが一般的ですが、すぐに仕事を任せられる人はまずいません。それに昨今は『見て覚えろ』は通用しませんから、つきっきりで手取り足取り教えないといけない。マニュアル的な作業ではないので、職人気質を持ってコツコツやっていかないとダメですし、日々反復練習したり知識を育むことも必要。独り立ちするまでには、最低でも3年くらいかかります」

となれば、必然的にリペアマンに向く資質が求められるでしょう。
「まず手先の器用さがないとどうしようもありません。その次にくるのは、勤勉さと野球で言う素振り(練習)が何回もできること。叩く作業一つとってもいろいろな種類があるので、反復練習をして自分のものにする、いわば鍛錬です。そこがなかなか大変ですね。それに、まず技術が好きで、次に楽器が好きという順番にならないとダメ。楽器や音楽が好きで入ってくる人がほとんどですが、この職業についたらギア・チェンジしないと大変です」

写真左:木管楽器のリペアマンのデスク。各々が使いやすい道具を使っています。左上から反時計回りに、ペンチ、通称L字(キイを曲げる)、ドライバー、タンポ調整
写真右:バーナーでタンポを温め、調整しているところ

写真左:サックスのリペアには、他の木管楽器とは少し違う道具が使われていました。管にライトを通し、キイから空気が漏れていないかをチェックしています
写真右:木づちでキイを調整しているところ

お客様が第一、失敗もあれば喜びもひとしお

飯塚さんがリペアの際に心がけていることは何でしょうか?
「お客さんを第一にすることです。お客さんの顔を想像する。自分のエゴが強過ぎるとプロではなくアマチュアの趣味になってしまいます。かゆいところに手が届くような、『今、求められていることは何なのか』をメインに置いています」

それでも過去には大変な思いをしたこともあるとか。
「20代の頃、日本のトップ・オーケストラ奏者のトロンボーン―しかもドイツの最高級楽器―のスライドを折ったことがあります。その時は、普段なら対応に何年もかかるメーカーが、すぐに代わりのパイプを送ってくれたので助かりました。また20年ほど前、これもオーケストラ奏者のトロンボーンの溶接した部分が、本番中にパキッと取れたことがあります。管楽器はさまざまなパーツがハンダ付けされていますが、性質や経年劣化などでどうしても外れてしまう時があります。今では笑い話ですけれど、その時は『よりによって本番中に・・・』と真っ青でした。まだ曲の前半で、その後は吹いている格好をしながら、ずっと私の顔が浮かんでいた、と奏者の方はおっしゃっていました」

もちろんやりがいのある仕事です。
「プロの演奏家の方から『良かった。いい演奏ができた』と、後で声をかけていただいたり、お礼の連絡をいただいたりするのが一番の喜びです。またオーケストラのテレビ放送に自分が手がけた楽器が映っていたり、海外の演奏家がずっと使ってくれていたりするのを知ると、非常に嬉しいですね」

金管楽器の作業場。個人のデスクのほか、中央に大きな作業机が置かれています。奥の緑色のワゴンに乗っているのは、トロンボーンのスライドの曲がりを確認する定盤という道具

●My Favorite
横浜でのお気に入りは桜木町(野毛)の飲み屋街、崎陽軒のシウマイ弁当。趣味はキャンプで「西湖(富士五湖の一つ)のほとりなどに毎月、1人でも行きます」とのこと。

*西湖周辺でのソロキャンプの様子

Profile

飯塚丈人 taketo iizuka

野中貿易株式会社 ノナカ・テクニカルサービス横浜技術課長/Bach社公認トロンボーン技術者

1967年生まれ。管楽器修理技術者としてネロ楽器に10年勤務、30歳のときに野中貿易へ。Gebr.AlexanderやJA Musik GmbH等で研さんを積む。Bach社唯一の公認トロンボーン技術者として、国内外のオケからジャズまで各方面の金管楽器奏者より全幅の信頼を寄せられている。なかでも故・秋山鴻一氏(元N響バストロンボーン奏者)とは公私にわたり交流があった。ほかトロンボーンの小田桐寛之氏(都響)や門脇賀智志氏(元新日本フィル)、ホルンの福川伸陽氏(N響)、ジャズトロンボーンの村田陽一氏、片岡雄三氏らと長く関わっている。管楽器雑誌等での取材も多く、東京音大、武蔵野音大、ESP、国立音楽院などで特別講義を行うなど後進の指導にも当たる。

インタビュー・文:柴田克彦
写真:大野隆介(*印の写真以外)

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