中世鎌倉への扉ー神奈川県立金沢文庫を訪ねて

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ヨコハマ・アートナビでは横浜市内のアートスポットを多数ご紹介しています。今回は歴史に名を刻み広く知られているけれど、まだ訪れたことがない方が多いと思われる「神奈川県立金沢文庫」について成り立ちや隣接する称名寺との関係、企画中の展覧会について学芸員の方にお話を伺いながら学んできました。

 

国宝にみる落書き:3月26日(土)から開催の「特別展『名品撰品-称名寺・金沢文庫の名宝への学芸員のまなざし―』」では、鎌倉時代に描かれた落書きも展示されます[国宝 施主段并廻向 鎌倉時代 一帖 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫管理)]

 

 

■ 県立金沢文庫は駅から歩いて10 分程度

県立金沢文庫へのアクセスは、京急線「金沢文庫駅」、シーサイドライン「海の公園南口駅」又は「海の公園柴口駅」が最寄り駅になります。どの駅からも徒歩約10分~12分程度ですが、目的地と同じ名前の「金沢文庫駅」から向かいました。改札を出て東口から国道16号線を横断し、わき道へと進みます。なだらかな坂を登りそのまま進んでいくと、途中に「金沢文庫 近道」の看板があります。そちらに行くと裏口への近道ですが、今回はそのまま直進して赤門が目印の称名寺を経由し金沢文庫正門を目指しました。

 

[左]称名寺赤門 [右]参道の桜並木

 

赤門をくぐると桜並木の参道が迎えてくれます。仁王門を通り阿字ヶ池の左岸を行きトンネルを抜けると「金沢文庫」の正門入り口に到着します。館内にはロビーや展示室の他、無料で蔵書を閲覧できる図書室もあります。

 

 

■ 金沢北条氏の私設書庫、それが金沢文庫のはじまり

到着すると向坂卓也学芸課長が出迎えてくださいました。早速、金沢文庫について尋ねると、まずは、その誕生から説明いただきました。

 

向坂学芸課長

 

鎌倉時代中期に金沢に居を構えていた金沢北条氏(かねさわほうじょうし)の当主であった北条実時(さねとき)が、職務に必要と思われる参考書や文献を集めたのが始まりとされています。金沢文庫は、一族が鎌倉幕府で仕事をする上で必要な情報や参考書を収めるために作った書庫で、文庫と書いて「文庫(ふみくら)」と呼ぶのがふさわしい施設でした。当時の文献では単に文庫とだけ記されていましたが、金沢北条氏が滅んだ後に「金沢文庫(かねさわのぶんこ)」と呼ばれるようになったようです。

 

国宝 北条実時像

 

実時が作った文庫は、鎌倉幕府第15代の執権となった、孫の貞顕(さだあき)の時代に最も盛んになります。権力も財力も充分に持った人物ですから、集めやすかったのでしょう。この時代に一番多く文献などが集められたのではないかと考えられています。

 

 

ところが、こうして集められた文献も北条氏が滅んだ後、その時代ごとの有力者たち(徳川家康などは最たる例)に持ち去られたりして現在は殆ど残っていません。それは、文献の信頼性がとても高かったからです。

中世の文献は手で書き写していたため、書き間違いや書き伝えられて行くうちに内容が変化してしまうことが間々ありました。金沢北条氏は、収集の際に同種の本を集めて検証を行ったうえで写本を作っており、信頼性の高い写本を集めていたのです。

 

 

■ 称名寺は、実時が建てたお堂が発展したもの

金沢北条氏が滅んだ後は、隣接する称名寺が文庫の管理を担って行きます。その称名寺も、もとは北条実時が私的に建てたお堂が後に発展したものでした。

その頃、奈良で活躍していた僧「叡尊(えいぞん)」に惚れ込んだ実時が、中国から経典を取り寄せて贈るなどして、叡尊を鎌倉に招きました。さらに実時堂を、叡尊の流れをくむ僧を住持(じゅうじ。寺の主僧。住職ともいう)に迎え、称名寺へと発展させて行ったと言われています。

 

称名寺の風景・阿字ヶ池から臨む

 

称名寺が最も発展したのもやはり、孫の貞顕の時代で、その頃に現在のような姿になりました。今では空き地になっている所からも、いくつものお堂が建っていた痕跡が発掘され、例えば、金堂の後ろの空き地には金堂よりも二回りも大きい講堂が建っていましたし、裏山への登り口には、三重の塔が建っていたという絵図も残っています。

 

[左]称名寺金堂 [右]称名寺釈迦堂

 

 

■ 時の流れの中で失われたもの、守り伝えられたもの

金沢北条氏が集めた文献は、多くが政治経済等に関するもので当時の実用書に類するものが多かったようです。寺社が所有していてもあまり活用できなかったために、時の権力者などに求められると、差し出し、代わりに、庇護を受けたりしていたのではないかと推察されます。

一方、称名寺では寺社・仏教に関する文献を各地から集めていました。当時は宗派を超えて情報を収集していたため、真言宗系の文献を中心として、他の宗派のものも多数あり、現在では他に残っていないような貴重な文献も、称名寺には残っています。

現在残されているものの多くは、鎌倉時代に集められており、中でも「称名寺聖教(しょうみょうじしょうぎょう)」と呼ばれる文献群は、現在、国宝に指定されているものだけで16,000点を超え、現在整理中のものも含めると2万点を超えると予想されます。

 

国宝 北条実時書状

 

それ以外にも「金沢文庫文書」と呼ばれる手紙類4,149通(全て国宝)や、叡尊を鎌倉に呼ぶために実時が中国から輸入した「宋版一切経(そうはんいっさいきょう)」も3,500帖近くが現存しています。

こうした文献類は、内容が多岐にわたり、日本の中世を研究するうえで非常に重要な資料として、現在も大切に保管されるとともに、研究が続けられています。

 

 

■ 北条氏私設の文庫から、県立金沢文庫へのあゆみ

北条氏が滅んだ後の金沢文庫は建物が老朽化したり、文献が持ち去られたりと徐々に衰退していきます。江戸時代の頃には、貴重な文献があることは知られていましたが、当時の旅行ガイドブックにあたるものに「金沢文庫跡」と記されるなど、その存在が失われていた時代もありました。

明治に入ると伊藤博文の別荘が近くにあった縁で、伊藤の庇護もあり、金沢文庫は1897年(明治30年)に復興されました。その後、文献の調査が進み、一時は霊宝館の建築まで検討されましたが、関東大震災によって復興された金沢文庫が被災し、霊宝館の話も立ち消えになってしまいました。

その後、昭和になり1930年(昭和5年)に、神奈川県知事を務めた池田宏によって、県立の施設・図書館として新たなスタートを迎え、その後称名寺が保管していた数多くの文献・書簡・工芸品等を預かって、現在の「神奈川県立金沢文庫」へと繋がって行きます。

 

重要文化財 厨子入金属製愛染明王坐像

 

 

■ 中世期研究の大発見が次々と現れる

県立となって新たなスタートを切り、数少ない職員と当時学界の第一線で活躍されていた方々が中心となって資料の整理や調査が始まると、大発見の嵐でした。

称名寺に鎌倉時代の文書が60通近く残っていることは知られていて、それだけでも凄いとされていたのですが、実際に調べてみると、その何倍にもあたる4,000通余が残されており、当時の中世研究者からしたら驚異の連続だったと言われています。中にはいくつもの大発見があり、そのニュースは新聞にも掲載されたそうです。

 

 

■ 貴重な文献だからこそ、多くの人に見ていただきたい

 

 

金沢文庫が保存・研究している文献や書簡、工芸品は、年に6回ほど開催されている展覧会を通して見ることができます。国指定の文化財には展示日数の制限があったり、国宝だけでも2万点を超えるという膨大な点数のため、全てを展示するのは難しいそうですが、「定期的に公開することで多くの方に見ていただければと頑張っています」と、向坂学芸課長は力説されていました。

 

 

■ 今度の展覧会は、複数の学芸員がそれぞれの切り口で組み立てた名品展

 

 

3月26日(土)から5月22日(日)まで開催される『特別展「名品撰品-称名寺・金沢文庫の名宝への学芸員のまなざし―」』は、7人の学芸員がそれぞれにテーマを決め展示作品を厳選した名品展です。通常、企画展は一人の学芸員が中心となって企画運営・展示作品の選出を行いますが、今回は複数の学芸員がそれぞれの切り口で厳選し、一堂に集めて金沢文庫の収蔵資料を展示するという試みだそうです。そのため、これまであまり取り上げられていなかったものや、本年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に関連した書簡文献など、初めての方から何度も訪れている方まで愉しめる企画展になっています。

まさに名品といわれる美術工芸品や、非業の死を遂げた義経の怨念を恐れ称名寺本尊作成の際に体内に収められた「像内納入品」、本来の内容と関係のないバッタや馬の絵が記された、いわゆる「らくがき」ばかりを集めたユニークな展示など、見応えがありそうです。

 

 

■ 7つのテーマと代表作品名

特別展「名品撰品-称名寺・金沢文庫の名宝への学芸員のまなざし―」のテーマと主な展示作品をご紹介します。

 

【テーマ1】国宝「称名寺聖教」からみた鎌倉幕府草創期―義経・頼朝をめぐって―」

 

テーマ1代表作品:国宝覚禅抄 大威徳転法輪法 鎌倉時代 一巻 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫管理)

 

【テーマ2】重要文化財十二神将像

 

【テーマ3】中世鎌倉の法華堂

(源頼朝や北条義時の墓所である鎌倉の法華堂にまつわる仏典などを紹介)

 

[左]テーマ2代表作品:重要文化財十二神将像のうち寅神(展示は4月24日(日)まで) 鎌倉時代 一幅 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫管理)
[右]テーマ3代表作品:重要文化財宋版一切経のうち 摩訶止観 巻一 南宋時代 一帖 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫保管)

 

【テーマ4】鎮西に渡った金沢北条氏
(鎌倉時代の九州統治を担っていた金沢北条氏の一族に関する古文書を紹介)

 

テーマ4代表作品:国宝 元朝寄日本書 鎌倉時代 一通 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫管理)

 

【テーマ5】声明譜
(声明とは仏教儀式で僧侶によって唱えられる声楽のこと。声明の楽譜「声明譜」を紹介)

 

【テーマ6】称名寺の仏像と工芸

 

[左]テーマ5代表作品:国宝 十二調子図丸図 鎌倉時代 一点 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫管理)
[右]テーマ6代表作品:重要文化財 青磁壺 元時代 一口 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫保管)

 

【テーマ7】国宝にみる落書き
(国宝に指定された「称名寺聖教」のなかに残された落書きを紹介)

 

テーマ7代表作品:国宝 施主段并廻向 鎌倉時代 一帖 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫管理)

 

 

■ 国宝の宝庫「金沢文庫」と美しい庭園が広がる「称名寺」

閑静な住宅地にある金沢文庫は、中世・鎌倉時代の歴史をじっくりと堪能できる博物館でした。トンネルで繋がれた称名寺は、庭園を散策しているだけでも気持ちよく、また今回の企画展にも展示される青磁の壺が発見された「北条顕時、金沢貞顕の墓」も敷地内にあり、「金沢文庫」とのつながりを色濃く残しています。

 

[左]金沢文庫トンネル [右]金沢貞顕のお墓。※門柱には北条顕時の墓と記されているが、その後の研究で金沢貞顕の墓とされた

 

新緑の木々、冬の池で遊ぶ水鳥など、様々な顔をのぞかせる称名寺と、無数の国宝を愉しめる金沢文庫。ここは中世鎌倉の歴史と文化、緑と自然を堪能できる静寂の博物館でした。

 


●EVENT/会期中の講座
月例講座「密教の伝来」(金沢文庫学芸課:櫻井 唯)
令和4年4月23日(土) 13時30分~15時 金沢文庫地下大会議室

月例講座「鎮西に渡った金沢北条氏」(金沢文庫学芸員:三輪 眞嗣)
令和4年5月21日(土) 13時30分~15時 金沢文庫地下大会議室

※新型コロナウイルスの状況により中止の可能性あり。

 

●EVENT/今後の展覧会
特別展「兼好法師と徒然草―いま解き明かす兼好法師の実像-」
令和4年5月27日(金)~7月24日(日)

 

●Information
中世歴史博物館 神奈川県立金沢文庫

アクセス/京急線「金沢文庫駅」東口より徒歩約12分
シーサイドライン「海の公園南口駅」より徒歩約10分
▶WEBサイト https://www.planet.pref.kanagawa.jp/city/kanazawa.htm

 

取材・文:田中康
写真:鈴木教之
※作品画像は全て県立金沢文庫提供

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