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お仕事インタビュー

vol.1 指揮者 川瀬 賢太郎さん

芸術文化に関わる横浜ゆかりの方々から、その仕事内容や仕事への想いを訊くインタビューシリーズをスタートします。芸術文化と一括りに言っても、演奏家やアーティストはもちろん、マネジメントや制作・舞台スタッフなど、さまざまな職種の人たちが関わりあっています。なかには知られざるお仕事も!?

このシリーズでは、そんなアートの現場の最前線で働く人たちのお仕事を通して、芸術文化の魅力をお伝えしていきます。

 

第1回は今年創立50周年を迎えたオーケストラ、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者・川瀬賢太郎(かわせけんたろう)さんです。指揮者、また常任指揮者の仕事について、そして新型コロナウイルスの影響を受けた今、思う事を伺いました。

神奈川フィルとは家族のような関係
音楽的にリスペクトし合う

2014年に神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任。以後、楽団と信頼関係を結んで音楽性を高め、また地域に根ざした活動でファンの拡大に貢献してきた、指揮者の川瀬賢太郎さん。神奈川フィルとの充実した関係性を「大切な家族のような間柄」と表現します。

「常任指揮者に就任する前、僕が神奈川フィルと共演したのはたったの2回だけ。ですからいわば、2回しか会ったことのない相手と結婚したようなものでした(笑)。それから6年。新婚の時期があり、いわゆる倦怠期もあったかもしれませんが、良い距離感を保ちながらともに歩むことができました。今はスタートしたときより、さらに高いところを一緒に目指している実感があります」

常任指揮者という立場で川瀬さんが担っているのは、「コンサートで指揮をすること以外では、年間のプログラムの方向性を決めることが大きな仕事」だそう。一年を通じてどんなレパートリーに取り組むかは、オーケストラの成長の方向性にかかわる重要なポイントです。それでも川瀬さんは神奈川フィルに対して、「5年後ここにたどり着こう、自分がそこに連れていく!というような考えはない」といいます。

「そういうのは僕のキャラではありませんから(笑)。がむしゃらに音楽を頑張っていて、気づいたら一緒にそこにいたというのが理想です。これからもお互い音楽的にリスペクトしあって、長く付き合っていきたいですね」

孤独な時間が多い指揮者
一流の職人たちと対等に曲を作り上げる

ではそもそも、指揮者とはオーケストラにとってどのような存在なのでしょうか。

「ステージ上で一段高い所にいて、真ん中で手をブンブン振っているのですから、お客様からみたら、視覚的には一番目立つ存在かもしれません。だけど実際、指揮者は一人では何も音を出すことができない。学校などで指揮をしていた音楽の先生のイメージから、奏者を指導する立場のように思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、決してそんなことはないのです。まずは演奏家と対等な立場でいて、そのうえで、音楽的なアイデアや全体のバランスについての提案をしていきます」

楽団員はいわば腕のいい料理人のようなもの。いろいろな考えを持つ職人の集まりだけに、時々まとまりがなくなることもあるので、そんなときに方向性を示すのが指揮者の役割だそう。

「その際、彼らはあくまで音で表現しているのだから、僕自身も、指揮そのもので伝えられるようでありたい。リハーサル中に演奏を止めて言葉で指示することは、できるだけ避けるべきだというのが僕の考えです」

そして、そんな一流の職人たちと対等に渡り合うためには、「自分の音楽を強く持っていなくては太刀打ちできない」と川瀬さん。

「指揮者は、まず家で楽譜を読み、作品が書かれた時代背景や政治、芸術について勉強します。これはためになりそうだ思うことは、何でもします。そうして積み上げたものが大きければ大きいほど、自分の音楽が強くなり、そして同時に、人の意見もちゃんと聞けるようになるのです。ちなみに僕は、家で楽譜を読む時、指揮の振り方の練習は絶対にしません。これをしてしまうと、本番で、自分の動きの中に音楽を閉じ込めてしまうことになるから。お腹の中にぐっと音楽を貯めておいて、リハーサルで初めてそれを外に出すほうが、良い結果につながります」

そのため、指揮者の仕事の大半は、とても孤独だといいます。

「一人で作品に向き合う時間が圧倒的に長い。その後、リハーサルでオーケストラと音を出し、本番になるとお客様が加わってくれる。関わる人数がどんどん増えていきます。だから本番というのはやっぱり特別で、とにかく楽しいですね」

ちなみに、川瀬さんが舞台で指揮をしているとき、お客様に見てほしいのはどんなところなのでしょうか?

「僕が理想としているのは、指揮者の存在が見えなくなることです。例えばベートーヴェンを演奏していたなら、ただその音楽だけがお客様に入っていくような状態。自分が自分がと思っているうちは、全くダメです。……だから、オレのこの上腕二頭筋を見てくれ!みたいなことは、もちろん一切思っていません(笑)」

自らフットサルをプレイする川瀬さんはスポーツも大好きで、オーケストラと地域のチームとの連携に積極的です。

「さまざまなプロフェッショナルの団体が、同じ地域の横のつながりをもっと太くして、刺激しあう。それによって、例えば音楽好きの人が、音楽もライブがいいということはスポーツも同じかもしれないと試合会場に足を運ぶかもしれません。そういう相互の作用が少しでも起きれば、大成功だと思います」

舞台ならではのパワーと、オンラインの可能性
困難を越えた先のこれからのオーケストラ

新型コロナウイルス感染拡大の影響で公演がキャンセルとなり、不安を感じる一方で、発見も多くあったと川瀬さんはいいます。

「時間の制約なく、いくらでも音楽を勉強することができるわけですが、やはりコンサートの緊張感なしには、生きている実感がありませんでした。舞台に立ち続ける日常が戻ってきたら、僕はまた緊張で毎日吐きそうになりながらも、ようやく、生きている!と感じられるのだと思います」

神奈川フィルも公演を自粛することとなり、かわりにオンライン配信で音楽を届けてきました。今後は、会場で演奏を聴いてもらうことに加え、「インターネットでしかできない企画で、新しいチャンネルを増やすことができれば」と話します。

YouTubeの[公式]神奈川フィルチャンネルでは、公演ができない期間中にも、楽団員によるリモート合奏や、過去の名演をアップするなど、音楽の火を絶やさない取り組みをしていた。

「我々はやっぱり、手間暇をかけてチケットを買い、会場まで足を運んでくださるお客様の心を大切にしなくてはいけません。また今回は、中止になった公演チケットを払い戻しせず、寄付してくださった方もたくさんいらっしゃいました。今は音楽業界だけではなくみんなが大変なのに、こうして支援をいただいて、本当にありがたいことです。

これからは、今まで感じていた以上の感謝を胸に音楽を奏でていくことになると思います。みなさんに必要とされ、少しでも人生を豊かにするお手伝いができる神奈川フィルでありたいと思いました」

この困難を乗り越えれば、オーケストラは一段と強く、魅力的になるはずだと川瀬さん。困難にあったからこそさらに燃え上がった情熱が、どんな表現を生み出すのか。これからの演奏にますます期待できそうです。

新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、オンラインでインタビューを実施。

6月にお子様が生まれたばかりの川瀬さん。

「得体の知れないウィルスの脅威にさらされ、何かあってはいけないと神経をとがらせて日々過ごしてきました。一方で、妻のお腹はどんどん大きくなっていく。そんななかで子供が無事に生まれてきてくれたことで、こういう時期だったからこそ、生まれてくるものの崇高さをより感じたように思います」

●My Favorite

何をしてもカワイイという愛猫のフィガロさん。川瀬家のアイドル

Profile

川瀬賢太郎 Kentaro Kawase

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 常任指揮者

1984年東京生まれ。2007年東京音楽大学音楽学部音楽学科作曲指揮専攻(指揮)を卒業。指揮を広上淳一氏等に師事。06年に東京国際音楽コンクール<指揮>において1位なしの2位(最高位)に入賞。現在、神奈川フィル常任指揮者のほか、名古屋フィル正指揮者、オーケストラ・アンサンブル金沢常任客演指揮者、八王子ユースオーケストラ音楽監督、そして東京音楽大学作曲指揮専攻(指揮)において特任講師を務める。
三重県いなべ市親善大使。第64回神奈川文化賞未来賞、16年第14回齋藤秀雄メモリアル基金賞などを受賞。

インタビュー・文:高坂はる香
写真提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

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