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お仕事インタビュー

vol.2 横浜トリエンナーレ組織委員会事務局 プロジェクト・マネージャー 帆足 亜紀さん

3年に一度開催される現代アートの国際展「横浜トリエンナーレ」。7回目を数える今年の「ヨコハマトリエンナーレ2020」は、新型コロナウイルス感染拡大という困難に直面しながらも7月17日から無事に開催されています。これだけ大きな国際展はどのように運営されているのか。横浜トリエンナーレ組織委員会事務局のプロジェクト・マネージャー、帆足亜紀(ほあしあき)さんにうかがいました。

ニック・ケイヴ 《回転する森》2016(2020年再制作) (C)Nick Cave
ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景/撮影:大塚敬太/写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会

展覧会の企画における予算とスケジュール管理が主要な仕事

横浜トリエンナーレは、第4回(2011年)から運営の主体を横浜市に移し、横浜美術館に横浜トリエンナーレ組織委員会事務局を設立して回を重ねてきました。帆足さんは、キュレーターなど企画者をサポートするアート・コーディネーターとしてのさまざまな経験をいかして、その第4回の事務局設立時から継続的な運営をめざして尽力してきたひとりです。

「プロジェクト・マネージャーという私の仕事は、一言で言えばプロジェクトの進行管理。主に予算とスケジュールの管理を行っています。ただし横浜市が主催者のひとつで財源の大部分が横浜市民の税金であることから、横浜市の担当者が全体の予算管理を担い、私は展覧会の企画部分の推進役・調整役を担っています」

日本の美術館では、学芸員が企画から広報までなんでもやらなければならない場合が多いのですが、海外の大きな美術館では、展覧会をつくるキュレトリアル・チームと管理するエキシビジョン・チームに分かれている組織が多くあります。企画や作品に関する作家とのやりとりなどはキュレトリアル・チームが行いますが、それら展示にまつわる進行管理や契約事務、外部とのスケジュール調整といった総務はエキシビジョン・チームが行います。

「キュレトリアル・チームの仕事は横浜美術館学芸員と外部のキュレーターの混成チームで行いますが、いわゆるエキシビジョン・チームの業務の比重が私の仕事のなかでは高いと言っていいかと思います。ただし、事務局の人数は少ないので、私も会期中は朝、電源を立ち上げたり、映像が止まったら現場にかけつけるなど、トラブル対応もしますよ」

今回の「ヨコハマトリエンナーレ2020」は、2017年度の開催終了後に作品の搬出・返却などの手配、記録や報告をまとめた後、2018年度の4月から準備が始まりました。横浜市役所で行う予算編成にまつわるやりとりも帆足さんの仕事です。

海外から招聘したアーティスティック・ディレクターとの進行管理

横浜トリエンナーレでは、企画全体を監督するアーティスティック・ディレクター(芸術監督)を、毎回外部から選出しています。この「アーティスティック・ディレクターとの進行管理は特に重要でした」と帆足さん。

「2018年夏に選考委員会が開かれ、初の外国人ディレクターとしてインドからラクス・メディア・コレクティヴ(以下、ラクス)が選ばれました。書類選考、面談、契約、企画会議、調査、来日の手配などいろいろな業務は、事務局のなかのさまざまなグループの意見を調整しながら進めます。企画内容についてはキュレトリアル・チームがラクスと直接やりとりしますが、事務局の代弁者としてラクスとコミュニケーションをとり、円滑にプロジェクトが進むような枠組みをつくります」

ラクス・メディア・コレクティヴ
撮影:田中雄一郎/写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会

「新型コロナウイルス感染拡大前は、ラクスの3人が来日して、日本のアーティストだけではなく、美術の傾向や社会の状況などを調査していました。彼らは海外で国際展の経験があり、日本でも『岐阜おおがきビエンナーレ2006』『瀬戸内国際芸術祭2019』などでアーティストとして展示もしているのですが、日本でキュレーションするのは初めてなので、理解を深めようとさまざまな人と会いました。ラクスとキュレトリアル・チームとで情報交換をしながら作家を決めていくと同時に、広報やプロモーションをどう展開するかということについては広報プロモーションの担当につないで進めていきました。」

コロナ禍以前より、ラクスとの定例ミーティングはオンラインで行っていました。外国人ディレクターを招聘することに当初は不安もありましたが、「日本人同士であれば当たり前と思う、いわゆる“暗黙の了解”を前提にしないことは重要で、チャレンジしがいがあった」と言います。

コロナ禍に負けず、皆で方法を考え、ほぼプランどおりに展示を実現

現代アートでは、社会情勢や作家自身の制作が変化していく過程で作品プランの変更も起こり、開幕までさまざまな調整が続きます。コロナ禍の影響はどうだったのでしょうか?

「1、2月までは海外作家が調査に来ていましたが、緊急事態宣言が出た4月頃から開幕について組織委員会内で協議が始まりました。私は東日本大震災があった2011年にトリエンナーレを予定どおり開催した経験があったので、やれる範囲ででもやったほうがいいと思っていました。横浜美術館が来年から大規模改修工事に入るため来年に延期はできず、中止という選択肢もほとんどなかったと思います。5月から施工予定でしたので、輸送や施工のスケジュールをひとつ崩すと全部ややこしいことになる。主催の総意として開幕しようという方向でした」

もともと海外から輸送をする予定だった大型作品の多くが中国や韓国や台湾など近隣諸国の作家のものだったり、それなりのボリュームで展示する予定の映像作品はデータで送れたり、日本での制作に振り替えたりすれば、ある程度の規模のものはできるのではないかと考えたのです。結局、作品は予定どおり輸送・搬入され、Zoomや写真などで作家のチェックを受けながら、日本側スタッフで組み立てや展示が行われました。大変な作業でしたが、こうしてすべての作品がほぼプランどおりに展示できたのです。

エヴァ・ファブレガス 《からみあい》2020
ヨコハマトリエンナーレ2020展示風景/撮影:大塚敬太/写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会

公的資金を芸術に使う意味
イギリスで学んだ文化支援策

帆足さんは1990年代にイギリスのシティ大学で「アート・アドミニストレーション」という学問を学んでいます。「25年前にはなりますが、公的資金を芸術に使うとはどういうことなのか、政策の意義や根拠を考えたことが、今も役立っています」と語ります。

「日本でいえば文化政策と文化行政の間くらいの学問なのですが、1980~1990年代にイギリスで注目されたアーツカウンシル(公民協働による文化事業推進組織)が、日本には2000年代に入ってきて、2010年代に地方でもアーツカウンシルをつくろうという動きになってきた。ただお金をばらまくのではなく、どのようにお金を分配して文化を育てるか、25年前のイギリスで課題になっていた状況と似ている気がします」

帆足さんが留学したのは保守党最後のメージャー首相時代。「若者がホームレスになるような社会・経済状況のなかからダミアン・ハーストのようなアーティストが出てきました。ゴールドスミス・カレッジのような芸術大学の学生たちが自ら展覧会を企画する。また、国レベルでは、文化遺産省が設置され、政策的にも文化が格上げになった」と言います。「国が文化を支援する意味が問われ、創造性ってなんだ? という議論が起こるなかで、政府から一定の距離をとって独立しているアーツカウンシルを通して各地域に資金が配布されるという仕組みを勉強しました」

当時の一番の話題は「公共のお金の使い方として、質の高いものをめざすのか、裾野を広げるのか」。日本でも常に課題となる問題ですが、横浜トリエンナーレではその両方を備える必要があります。「公金を使って行われるプロジェクトなので、横浜市民にどれだけ還元できるかは重要です。では、還元するってどういうことか。公共性を広くするとは? 公平性とは? 税金を使うってどういうことだろう? といった問いが常に背景にあります」

「例えば、横浜市民というと日本人の顔を思い浮かべる人が多いと思うのですが、移民や難民のようにこぼれ落ちている人はいないか、個人的には気になります。市民に還元しつつ、グローバルな視点で幅広く思いを馳せることができるのはアートの国際展のいいところだと思います。2014年にはアーティストの高山明さんが寿町の住民とインドシナ難民の人たちを出会わせ、日本語教室の形をとったプログラムを行ってくださいました。そんなふうに、企画の内容で見落とされがちな社会の側面を反映していく必要性も感じています」

展示会場を見回りながら「コロナ対策を徹底する努力をしていますが、おかげ様でお年を召した方から若いファミリーまでいつも通り幅広いお客様が来てくださっているなあと感じます」と帆足さん。「人数制限をしているので、大規模な事業にもかかわらず大勢の人に見てもらえないという課題は残ります。いらした方にはゆっくりと楽しんでいただくという、クオリティ・タイムを提供できているとは思うのですが。会場にいると開催できてやっぱりよかったなあと感じます。私自身にもリアルに作品に触れられる喜びがありますね」

最終日まで無事に運営を続けた後は、記録や報告をまとめて、再び次回への仕込みへと入っていきます。3年の間に社会状況が大きく変わるため、マニュアルどおりにはいかないことも多くあります。毎回新しいチャレンジに挑みながら、たくさんの人々をつないでいくプロジェクト・マネージャー。展覧会の屋台骨を支える大きな存在です。

● My Favorite

展示会場や会議室など、業務中の移動も多いため、iPhoneは専用ケースに入れて身に着け、ペンやメモ帳など事務用品はポーチにまとめて携帯している。(写真左)
本牧出身で「横浜は空が広いのがいい」という帆足さん。中区にある根岸森林公園がお気に入りスポットだそう。(写真右)

● Event

ヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」
会期:2020年7月17日(金)~2020年10月11日(日)
会場:横浜美術館、PLOT48、他
イベントページはこちら https://artnavi.yokohama/event/8581/

Profile

帆足亜紀 Aki Hoashi

アート・コーディネーター/横浜トリエンナーレ組織委員会事務局プロジェクト・マネージャー/横浜美術館国際グループ兼学芸グループ グループ長

1994年、シティ大学(ロンドン)にて博物館・美術館運営修士号取得後、アート・コーディネーターなどの仕事で美術のプロジェクトに携わる。国際交流基金のアジア地域の美術交流事業(1997~2010年)、ニッセイ基礎研究所のパブリックアート事業(2000~2002年)のほか、アーカスプロジェクトのディレクター(2003~2007年)を務める。2010年より横浜トリエンナーレ組織委員会事務局長補佐、2012年より同事務局長、2015年より横浜トリエンナーレ組織委員会事務局プロジェクト・マネージャー。横浜美術館国際グループ兼学芸グループ グループ長。通訳・翻訳も手がける。

インタビュー・文:白坂由里
写真:大野隆介(キャプション記載がない写真)

<よむナビ お仕事インタビューについて>
芸術文化に関わる横浜ゆかりの方々から、その仕事内容や仕事への想いを訊くインタビューシリーズです。
芸術文化と一括りに言っても、演奏家やアーティストはもちろん、マネジメントや制作・舞台スタッフなど、さまざまな職種の人たちが関わりあっています。なかには知られざるお仕事も!?
このシリーズでは、そんなアートの現場の最前線で働く人たちのお仕事を通して、芸術文化の魅力をお伝えしていきます。

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